暑い夏、扇風機にあたるとなぜ涼しいのか?


本当に涼しいのか? 気温が非常に高ければ、扇風機にあたっても熱風が吹いてくる。

ポピュラーな答え @体から気化熱を奪う。 お風呂上がりや汗をかいたときに扇風機にあたると体の表面が冷える。 これは体表の水分が気化して水蒸気になるときに、熱を奪うため。 液体が気体になるときに物質は熱を吸収する。 液体では分子間の引力によって分子同士が引き寄せ合って凝集している。 気体では、分子間引力は変わらないが、分子の運動エネルギーが大きいために、引力に打ち勝って遠く離れて行ける、自由に運動できる状態である。 それゆえ、液体から気体になるときに、分子は自由になれるだけの運動エネルギーを得なければならない。このエネルギーを体表の分子の振動のエネルギーからもらうのだ。

では、どうやって皮膚の分子から体表の水分子へとエネルギーが移るのか。 その時扇風機の果たす役割は何か。 これに答えなければ始めの問題を解決したことにならない。

A風が皮膚をなでるので涼しく感じる。空気の分子が衝突してくるので涼しい。 確かに、温度の低い空気ならば、動かないときよりも、動いている空気にさらされる方が涼しく感じる。長い時間肌を風にさらしていると体が冷えてしまう。 なぜ動いている空気の方が体が冷えるのか。

風とはどういうもの? 空気の分子が集団である方向に流れている。 分子1個を見ると、他の分子と衝突しながらランダムな方向に運動している。 しかしランダムながらも、ある方向に少しづつ移動している。これがドリフト(漂流)。 衝突から衝突までは高速の直線運動。 それに比べてドリフトである方向に移動する速さはずっと小さい。 この、分子のランダム運動よりずっとゆっくりしたドリフトが「風」だ。

風が体にあたるとき、皮膚は多数の粒子とランダムに多数回の衝突をしている。

熱は必ず温度の高い方から低い方へと流れる。

熱エネルギーとは系を構成する分子・原子のランダムな運動のエネルギーの総和だ。運動エネルギーは衝突の過程を通じて伝えられる。

B「動かない」空気は熱伝導率が低い。 空気の分子は互いに衝突をしながらランダムに運動している。空気の密度が高くなるほど衝突頻度が高くなり、熱が伝わりやすくなるだろう。 体が熱くなっているとき、体表の熱エネルギーが周囲の空気分子との衝突を通じて外に伝えられる。しかし、それは体の熱がどんどん下がっていくほどには伝わらない。体表の近傍は空気も体温で暖められている。しかし、体温との温度差が小さくなるほど熱は伝わりにくい。熱の流れは温度差に比例する。

山で雨に遭い、ずぶ濡れになりながら歩いているとしよう。液体は気体よりも熱伝導率が高いので体温が雨水に伝わっていく。さらにその雨水は体を流れ去り、代わりに次々と新しい冷たい水が流れてくるので体の熱は効率よく外へ流れていく。これは危険な状態だ。

海に放り出されたら無理に泳ぐな、という。泳ぐと疲労するだけでなく、体の熱が奪われる。じっとしていたほうが体表近傍の水が体温で温められて、体の熱が逃げていきにくい。

以上のようなことを考えて問題を分析しよう。空気の分子との衝突を通じて運動エネルギーが交換される、そして空気分子の集団のドリフト運動によって、エネルギーの流れができる、というところにあるのではないか。

解答例

気体は液体・固体に比べて熱伝導率が非常に低い。これは分子間平均距離が低いために、分子同士の衝突頻度がひくく、衝突を通じての運動エネルギーの交換が起きにくいためである。(そうはいっても、常温の状態で空気の分子1個は1秒間に数十億回の分子間衝突を繰り返している。)空気の分子が体表に衝突することを通じて体表の熱エネルギーは外界へと流れていくが、熱伝導率が低いためこの過程は体表温度と気温とがあまり差が無い場合非常にゆっくりしたものである。

皮膚付近の空気分子の運動エネルギーは高く、離れるにつれ、平均的に運動エネルギーが低くなる。つまり、皮膚付近の空気には温度勾配ができている。熱伝導の効率は温度差が大きいほど高まる。従って、温度勾配ができると、隣接する空気の部分同士の温度差は小さいままになり、熱伝導は早くならない。ところが、扇風機で空気に流れを作ってやると、皮膚付近の高温の空気が流し出され、そこへ低温の空気が流入する。皮膚とこれを取り巻く空気との温度差は大きいままに維持されるので、熱伝導の効率は改善される。

風呂から出ると身体から湯気が立っている。これは体表の水分子のうち、運動エネルギーの高いものが、水同士、または水と皮膚との分子間引力による束縛を打ち破って、外界に飛び出しているものである。体表で大きな運動エネルギーを獲得した分子が外界へ飛散するのであるから、体表、および体表に残された水分子は、その分だけ運動エネルギーを奪われてしまう。運動エネルギーの大きなものがそのまま去ってしまうのであるから、残された分子集団は低エネルギーの集団になっていく。

体表の液体から離れようとした分子はすでに空中を飛散している分子と衝突してエネルギーを奪われ、また液体にもどってしまうことも起きる。気圧の高いときはこれが起きやすい。気圧が低くなると、液体から飛び出す分子はそのまま戻らないことが多くなる。さて、液体を離れたエネルギーの高い水分子は空中で気体の分子と衝突を繰り返し、エネルギーを伝えていく。盛んに気化が起きている領域の気体は温度が高くなっていく。すると、気化したばかりの分子が衝突によって他の分子にエネルギーを与える割合は、温度の低い気体分子と衝突するときにくらべて、小さくなってしまう。これも、巨視的に見れば、皮膚付近の空気の温度が上がって、皮膚との温度差が小さくなるために、皮膚から空気への熱エネルギーの流れが小さくなっていくという風に捉えられる。

ここに扇風機で気体分子の流れを導入すると、気化した分子の突入によって平均運動エネルギーの高くなった分子は別の領域に流れ出し、あとから平均運動エネルギーの低い分子集団が流入してくることになる。これによって、単位時間当たり、気化した分子から空気へのエネルギーの伝達は大きくなることが期待される。

以上のことは、体表の温度が空気の温度よりも高いことを仮定している。空気の温度の方が高い場合には、熱エネルギーは空気から体に伝わる。身体は体表の温度を下げようとして激しく発汗するなどの反応を起こす。発汗によって体表に現れた水分は、気化することによって運動エネルギーを体表から持ち去り、皮膚の分子の運動エネルギーを下げる役割を果たす。


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