※このページについて

にある授業名をクリックすると、ここに復習問題や演習履歴が表示されます。演習は繰り返し行って自分のものにしてください。授業を取らなくとも他分野の問題を解いてみることはとても有意義です。
このページでできること
  ・物理学の演習問題を解くことができる
  ・自分の解いた問題とその解答を確認できる
  ・自分以外の学生が解いた問題とその解答を確認できる
  ・初期解答を確認できる(予定)
  ・正答率を確認できる(予定)
  ・繰り返し同じ問題が学習ができる
  ・アンケートの送信
  ・質問の書き込み

送信されたコメントへのお答え 【最新10通】

>現在様々なことが分かってきている中でそれを知っていることがステータスとして考えられているが、これは新しいことを生み出しづらいと考えられる。昔の研究者が発見した法則を使い新しいことを発見していくことが重要である。現在の教育ではテストという知識の暗記をチェックするということがメインとなっており、知られている知識を頭に入れていくことが重要であると考えている。しかし、実際に必要なのは問題にも問われている通り創造的探究力が必要である。これは実験や観察などから素直に出てくる子供たちの疑問を子供たち自身で解決していくことが必要である。 自然科学は未知の現象の探求方法としてパワフルです。また技術も科学に立脚しており、仮説・検証により経験を積んで仮説を修正しながら開発を進めます。これら問題の解決方法の他に、そもそも何を問題として捉えるか、問題発見の能力ということもあります。この問題発見には背景となる知識を活用することが必要ですね。
by shum 2017/11/17
>今回は私も実際に体験した一人なので共感しやすかった。実際にこのイメージを払拭していくには関連性ということを数学、理科の授業でともに行っていく必要があると考えた。私自身も数学と理科との関連において物理が苦手になってしまった人の一人なのですが、現在の教育では数学は数学、理科は理科というように分かれているため、ここに関連性が存在するということに気づかず学習を行っています。そのため理科の計算問題という言葉が出た来てしまうのではないかと考えました。領域的な学習は深い知識を効率的にまなぶことができるのですが、しばしば、特定領域の知識(例えば数学)は他の領域(例えば物理とか家庭科とか)に援用することはできず、家庭科なら家庭科であらためて必要な数学(の表現)を1から学習せねばねばならない、ということが一般的にみとめられます。さらに深い問題として、数学の先生は、物理で用いるような数学のイメージを持っていない、数学の数学で根っこができている。逆に物理では数学で興味を持たれる内容とはフォーカスが違っていて、物体の運動や状態といった物理の文脈を前提とした数学の使い方をする。例えば物理の先生にとっては微分は変化率ですが、数学の先生にとっては微係数という概念であり、重なるところも大いにあるが、根本的に違っている。数学の先生は、物理や家庭科での応用のためには数学を教育しないし、イメージもしない。
by shum 2017/11/17
>何もないところから生み出す、または現在確立されていることを否定することはかなり難しいことだと感じた。創造的探究力を養うためには、児童・生徒自身が現象を観察することで疑問を持ち、それを解決するために何をすればいいのか考える授業が必要だと考える。教師側から提示された問題を解決するだけでは主体性が生まれず、創造的探究力は身につかないと思う。また、現在確立されている知識にも常に疑いを持つ姿勢を身につける必要もある。教科書に書いてあるから、ネットに書いてあるからではなく、書いてあるけど本当にそうなのかと疑いを持って、それを自分で探究する癖をつける必要があると考える。確立されていることがひっくり返されることは、医学などのように非常に複雑な系で、現実的に得られている情報が「真実を知るために必要な情報量(あるとして)」よりもかなり限定されている場合には大いにあり得ます。また、物理学のように、観測する対象のスケールによって異なる特性があらわれてくるものもあります。こちらは、確立された理論でありながら、誰かがなんらかの矛盾を発見する。それが本当に問題となって、アプローチ方法もあらたに開発される。そうすると、新たな研究方法や考察方法がつくりだされ、新たな理論があらわれてくる。これをパラダイムと呼びます。
by shum 2017/11/17
> 大学は勉強だけをする場所ではないと思うので、サークルや交際費は必要なものであるし、大学や生活費が無償になったからこそ、自分の本当にやりたいことや必要なものに投資することができるようになった状態なので、アルバイトは続けた方がよいと思う。 またお金がある状態で、アルバイトをしなくていい環境になったからこそ、社会勉強だったり、やりたい仕事の職場体験のようにアルバイトを「利用」できるようになるのではないかと思う。 さらに仕事をすることでお金をもらっているという社会的責任の認識が深くなる。 本や講義だけでは学べないことが学べる。 Learning by doingというスローガンがあります。これまではLearning by readingだったというわけです。そしてこれからはLearning by creatingだと。大学でできることもそうした意識の変革によって変わっていくでしょうが、アルバイトは学生側からできることを先取りする意味があるのだ、ということでしょうか。
by shum 2017/11/13
>現在、人類が直面しつつある普遍的な課題としてAIの発達に伴う人間の立場の変化があげられると思う。最近ではAIの発達によって将来的に多くの人が職を失い可能性があると言われている。AIと人間それぞれの得意不得意を考慮して、役割分担を考えてえいかなくてはいけないと思う。また、技術の発達に柔軟に対応しなければならないと感じる。機械システムが人間の作業に取って代われれることは間違いない。AIにいたると、思考や判断も、人間の記憶を超えるデータをもとに高速に判断することで人間に取って代わることが多いだろう。現在はむしろ、AIを加えることでデータを元にした判断を加えられるというメリットが生かされている。さて、AIに仕事を奪われるということだが、そもそもそんなに仕事をしなくてもよい、という考え方もある。現在は仕事がないことは貧困を意味し、格差構造によって貧困のスパイラルから抜け出せない、従って、AIに仕事を奪われることは脅威である。この格差を広げ固定する構造が克服されれば、より短い労働を、より長年にわたって行い、人生を充実させるということも考えられる。現在は、多くの労働者は過労にならないと生活が支えられないのである。
by shum 2017/11/13
>人類共通して直面している課題は多い。しかし、人類は今まで様々な問題に直面した際、そのたびに解決方法を見つけてきた。今は答えが見つからないとしても問題があれば解決方法も存在するのではないだろうか?私たちあそれを模索していく必要があると考えた。現在人類が直面している普遍的な課題としてエネルギーの問題が挙げられる。現在エネルギー問題として、人類が日ごろ使う電気を発電するためには、火力、原子力、水力などがメインの発電方法として挙げられる。しかしこれらは多量のエネルギーを得ることの代償として環境破壊という課題がある。解決方法としてクリーンエネルギーというものが開発されているが、金銭的な問題や環境条件に左右されるものなどのさまざまな課題が存在するため普及に至らない。人類はより効率的かつ環境に悪影響を与えないエネルギーを生み出す方法を見つけていかなければならない。原子力、水力や地熱はクリーンエネルギーです。しかし原子力は高レベル放射性廃棄物や発電所事故に対する技術がなく、放射能の制御というものが未完成です。化石燃料を燃やすことによる発電には温暖化ガスの放出という問題がある。なお、再生エネルギーはコストが見合わないとかつては言われたが、現在では低コスト化が進んでいます。火力についてもガスを地中に戻すということも一部行われている。しかしこれら発電だけでなく、燃料を燃やして動力を得る機械は数多い。ヨーロッパでは電気自動車以外の生産を禁止するという思い切った政策が取られつつある。
by shum 2017/11/13
>アルバイトには今まで学校で学んできたこと以外のことを学び吸収することのできる大事な手段であると思う。大学教育が無償(生活費を含む)であったときに、アルバイトをすることの意義が存在しなくなるかといえば全くそうではない。もちろん、今の世の中ではお金を手に入れることが一番大きな意義となっているかもしれないが、アルバイトをして手に入れられるものは決してお金だけではあないはずである。例えば、バイト先での実践的な研修を通して一人の社会人として他人とどのように接するのかを知ることや社会にいる様々な人にかかわり、多様な意見を得ることなどがある。また、お金を稼ぐことでその大変さを知ることや稼いだお金で大学外での学習(自分が行ったことのない場所へ行ってみる等)に充てることも可能であり、大学の4年間を大学内での学習だけでなく、自分の生活範囲を広げ学習の幅を広げることができるためアルバイトをする意義は大いにあると考えられる。  ただ、もしも社会の環境が、今の日本とは違って有給休暇を取りやすく、完全な社会人になってからも様々な場所へ行き、自分の好きな学習をする余裕があるような場合は大学でしかできない勉強をしっかりやることのほうが大切であるとも考えられる。今回テキストにしている本に書かれていることは、ベーシックインカムによって格差を解消し、AIによる生産性向上とそれに伴う人間の労働の減少はやむを得ないと考える。むしろ、人間はテクノロジーの活用によって1日に3時間くらいの労働で質のよい生活が可能である。むしろ長く楽しく働けるためには学ぶ時間が必要であるという考え方ですね。現在は過労になるくらい働かないと生活が支えられず。その仕事すら奪われたら貧困に陥り、そこから抜け出すことはできない構造である、ということです。
by shum 2017/11/13
>私はまさに生活費のためにバイトをする必要のない人間なので、まるで自分のことを考えているかのようであった。実際、今は学業の方が忙しいためバイトはしていないが、今後は社会勉強のためにやってもいいと思うようになった。近年では、ブラックバイトというような言葉が示すように、学生を安い賃金で長時間働かせるようなものが見られる。これは、生活費を稼ぐためにバイトをやめることのできない学生の足元を見たような卑劣なことである。では逆に、生活費という稼がなければならないものを、無償で提供されたとしたら、バイトはどういったものになるのだろうか。現代の企業主観のバイトを使うという概念から、学生が職場体験、ひいては社会勉強としてバイトを利用するようになると考えられる。つまりは、学生が自分の将来に必要と思った職場で、バイトをするようになり、いわば自分磨きのような形になるのであろう。  また、これから大人になっていく過程である学生にとって、遊ぶためのお金は自分で稼ぐという自立心を養うことにもつながると考えられる。バイトは時間給なので、1日の収入は時間で決まる。だから小遣いは稼げるが、大きな収入にはならない。しかし収入面で苦しい境遇のひとはそのような労働しか選択できないような、目に見えないワナがあります。ブラックバイトは、やらなくてもいい労働なのに、やめる判断をさせないように心理的に追い込んでしまう。生活費と学費が保証されれば、大学生がブラックバイトをする必要はないはず。なのだが、実際はどうなるだろうか。
by shum 2017/11/13
>今回の問題への生徒の解答は、大体がアルバイトをするという意見だったので、みんなも同じような理由でバイトをしているのではないかと思った。また、バイトをすることによって、今までよりも自分の自由時間は減ってしまったが、その分効率的に時間を使うことを考えることが増えたと思う。大学での学習が本業だということを忘れずに、これから様々な種類のバイトを経験してみたい。私は今教員を目指しているので、このまま教員になると他の職業には就けないため、今のうちに違う職業に触れることで、自分の経験値を高めることと、社会勉強のためにバイトをしているから、大学関係のお金が無償化してもバイトを続けると思う。また今後も様々なバイトをしてみたいと思っている。  勉強も大事だと思うが、遊ぶことも大事なことだと考えるので、そのためにはお金が必要だから。  飲食店に行った時に、お客さんとしてだけでなく店員側も経験していることによって、より心が寛容になった。スキルを身につけることで、より多様なお試し労働ができるようになります。スキルを身につけるためにはお金が必要なので、それをまたバイトで稼ぐということがあるでしょう。誰でもできる仕事は時間給の枠を超えられないが、スキルを要する労働は成果に応じた報酬の可能性も開ける。
by shum 2017/11/13
>大学教育が無償になったら、アルバイトをしない、という意見の人もいたが、割とアルバイトをすることで社会勉強になるという意見の人が多くて驚いた。大学でお金の必要がなく勉強できるなら、副業みたいに、他にやりたいことをやってみる、というのもおもしろそうだな、と思った。 教科書にもあったけれど、お金が出て無償になるからと言って、怠惰になる学生はほとんどいないと思うし、そんな制度を作ってほしいなと思う。 私は、大学教育が無償になり、生活費も保障されるようになったとしたら、アルバイトはしないと思う。私が今アルバイトをする目的は、自分が学費以外の生活費を親に頼らず、奨学金などで自分で負担しているためであり、もしそのあたりが保障してもらえるのであるとすれば、今アルバイトのために割いている時間を、もっと将来のための勉強や、好きなことをやる時間に使いたいと思う。 しかし、生活が保障されている時点でアルバイトをする必要性はないと思うが、学生の段階で社会に出て様々な人と仕事をし、お金をもらい、そのお金をどう使うかを考える、ということを学ぶ、という意味では、アルバイトをする意義はあるように思う。生活が保障されているので、もし働いて得たお金を使いすぎたりして失敗してしまった時でも、本来であれば親に迷惑をかけたり、生活がどんどん苦しくなってしまうと思うが、学生の間であれば保障が効くので、それも人生経験になるのではないかと思う。 さらに、もし私が教育が無償の中でアルバイトをするとしたら、そのお金を留学したり、自分のスキルアップのために使いたいと考えると思う。それも、大学に入ってからすぐにアルバイトを始める必要はないし、自分の時間に余裕ができてから始めることも可能なので、そんな世の中になったら、自分のようにやりたいことがあっても、アルバイトのために時間をとられている人にとっては、とても素晴らしいと思う。 教育が無償になれば、時間給の単純労働だけに止まるのではなく、もっと専門的労働で成果給を得る可能性も出てくるかもしれない。教育期間の間に、ベーシックな労働で社会勉強する機会を持つことも意義のあることです。学校では体験できない企業風土というものがあります。それを体験することは学習の方向付けにもなるでしょうね。アルバイトの値打ちは、実は教育が無償化されたところから発揮されるということでしょうか。
by shum 2017/11/13
>大学教育が無償になったら、アルバイトをしない、という意見の人もいたが、割とアルバイトをすることで社会勉強になるという意見の人が多くて驚いた。大学でお金の必要がなく勉強できるなら、副業みたいに、他にやりたいことをやってみる、というのもおもしろそうだな、と思った。 教科書にもあったけれど、お金が出て無償になるからと言って、怠惰になる学生はほとんどいないと思うし、そんな制度を作ってほしいなと思う。 私は、大学教育が無償になり、生活費も保障されるようになったとしたら、アルバイトはしないと思う。私が今アルバイトをする目的は、自分が学費以外の生活費を親に頼らず、奨学金などで自分で負担しているためであり、もしそのあたりが保障してもらえるのであるとすれば、今アルバイトのために割いている時間を、もっと将来のための勉強や、好きなことをやる時間に使いたいと思う。 しかし、生活が保障されている時点でアルバイトをする必要性はないと思うが、学生の段階で社会に出て様々な人と仕事をし、お金をもらい、そのお金をどう使うかを考える、ということを学ぶ、という意味では、アルバイトをする意義はあるように思う。生活が保障されているので、もし働いて得たお金を使いすぎたりして失敗してしまった時でも、本来であれば親に迷惑をかけたり、生活がどんどん苦しくなってしまうと思うが、学生の間であれば保障が効くので、それも人生経験になるのではないかと思う。 さらに、もし私が教育が無償の中でアルバイトをするとしたら、そのお金を留学したり、自分のスキルアップのために使いたいと考えると思う。それも、大学に入ってからすぐにアルバイトを始める必要はないし、自分の時間に余裕ができてから始めることも可能なので、そんな世の中になったら、自分のようにやりたいことがあっても、アルバイトのために時間をとられている人にとっては、とても素晴らしいと思う。 生活の保証を得ながら、職能体験や、社会的責任を持つ、その成果の対価を得る、ということですね。完全な教育期(バイトが許可されない高校生まで)から職業期に移行する際に、実践体験が自立に向けての意義を持つということでしょうかね。
by shum 2017/11/13

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松浦研開発チーム